4月9日は、わが家の三男が1歳で旅立った日。毎年この日に訪れてくれる友達と、久々に子ども連れできてくれた友達と、賑やかにすごした。

三男がいなくなってどん底だった頃、やはりお子さんを亡くして10年目になるというご夫婦の記事が新聞に出ていた。10年経っても哀しみはきえることがないけれど、この哀しみこそ、わが子がいた証だーーというようなことが書いてあって、わたしもこの哀しみを抱え続けていてもいいんだなと、思えた。

友達が着くまで少し時間があったので、三男のカルテを見返していた。看護師さんがつけてくれた記録には、三男だけでなく、私や、時に夫や子どもたちなどの様子も細かく書かれている。とくに産院時代、三男の障害を両親が受容できるかどうか、看護師さんたちがすごく気を配ってくれていたことが、つくづくとわかる。

誰かのために何かをすること。
私がこれからの人生をなるべくそんな時間でいっぱいにしたいと思うのは、自分がそうしてもらったからなんだなあと。